Column
共感に溢れた空間を
橋口勝利 / 関西大学政策創造学部 教授
観光地を彩る外国人
つい先日、奈良公園を訪問しました。鹿と土産物屋をぬうように続く石畳の道は、大勢の観光客でにぎわっていました。東大寺大仏殿を目指す外国人観光客が大きな人波を作っているのです。中国や韓国など東アジアの外国人だけではありません。アメリカやヨーロッパからの観光客の姿があちこちに見えるのです。
近年、「インバウンド」という言葉が日本中で躍り始めています。これは、「訪日外国人の日本での消費活動」を指す観光用語で、正確にはインバウンド消費と言います。本年1月、首相の施政方針では、このインバウンド消費の活況をいっそう勢いづかせるべく、2020年に訪日外国人旅客者数4,000万人を目標として、羽田・成田空港の発着枠拡大や鉄道や観光地の多言語化などの推進が示されました。
「インバウンド」の活況
かつてのインバウンド消費は、その主役が韓国や中国からの外国人で、家電製品や薬品を「爆買い」することがイメージされていました。主要観光ルートが、「東京-富士山-関西圏」だったため、大阪の心斎橋や京都の四条河原町は「爆買い」の拠点と化してしまい、ドラッグストアの急増が商店街の様相を一変させるに至りました。
2019年は、百舌鳥・古市古墳群が世界遺産に登録されました。加えて、ラグビーW杯が日本で開催され、全国12会場に世界中からの観戦客が熱い視線を送っています。2020年には、東京オリンピックが開催されますから、訪日外国人の国籍は飛躍的に広がっていくことは間違いないでしょう。それだけではありません。2025年には、大阪・関西万博の誘致も決定しました。未来にも、そして関西にも、国際化の光は強く差し込んでいるのです。
しかし、考えなければならないこともあります。それは、国家間の信頼の亀裂が、外国人の訪日に暗い影を落としてしまうことです。今、日本と韓国との植民地支配をめぐる問題が、政治的対立だけでなく貿易関係の分断をもたらしています。その亀裂は、観光客の減少にも影響を及ぼすにいたっています。
観光立国を目指す日本は、世界中からの関心を高めています。だからこそ、分断や対立への向き合う姿勢が求められているのです。では、私たちは、今、何を求められているのでしょうか。それは、「他者への理解」です。つまり、私たちには、外国人の価値観や生き方を受け止める力が求められているのです。 そのためには、外国人の方々と「同じ空間を分かち合う時間」をとることが必要なのです。
出会いを共感へ
河原さおり氏は、2017年に「京都フォーシスターズレジデンス」を開業しました。開業したてのころ、私は、経営のコンセプトを本人に訊いたことがあります。すると、「家族でゆっくり過ごしてくれる空間にしたい」と言うのです。当初は、日本人の方々を念頭に置いて話しているのかと思っていました。しかし、実際には、外国人の方々もたくさん利用されています。国籍もアジア諸国だけではありません。ヨーロッパやオーストラリアにまで及び、極めて開放的な「国際交流拠点」となっているのです。
河原氏の想いを敢えて表現すれば、「外国人の方々には、御所や二条城、鴨川などの風景だけでなく、日本での出会いと共感を楽しむ時間を提供したい」ということでしょう。風土や言語、生活習慣、そして思想や歴史的背景は、国籍によってそれぞれ異なります。だからこそ、ゆっくり時間をかけて共感を生み出す空間が必要なのです。日本随一の観光地・京都に芽生えた小さな交流の芽は、国籍を超えた共感を育むべく、輝きを増しているのです。
橋口勝利
はしぐち かつとし
1975年生まれ、大阪府泉佐野市出身。京都大学経済学部・京都大学大学院時代は、京都で学生生活を過ごした。現在は、関西大学政策創造学部教授。専門は地域経済史。地域活性化への処方箋を探るべく、教え子たちと全国へのフィールドワークに取り組む。河原さおりの実兄で三児の父。